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順にとは?/ マイワン

[ 264] H-Yamaguchi.net: 世界各国をジニ係数順に並べてみた
[引用サイト]  http://www.h-yamaguchi.net/2006/01/post_d7b3.html

このウェブサイトは山口 浩の個人的な考えを掲載したものであり、山口が所属ないし関係する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではない。本サイトは投資の勧誘ないし銘柄の推奨を目的とするものではなく、本サイトに掲載された情報(リンク先ないしトラックバック先の情報を含む)をもとにして投資その他の活動を行い、その結果損失をこうむったとしても、山口は責任を負わない。本サイトの記載内容は、予告なく追記、変更ないし削除することがある。本サイトに寄せられたコメントおよびトラックバックは、いったん保留した上で公開の可否を判断する。判断の基準は公開しない。いったん公開した後でも、一存によりなんらの説明なく削除し、当該IPを投稿禁止に指定することがある。
国の中の所得格差の度合いをあらわす指標で、ジニ係数というのがある。めんどくさいので定義は省略するが(こちらのサイトなどをみていただければ)、0から1の間の数字で、1に近いほど所得格差が大きいわけだ。
よくいう割に、実際に見たことのある人ってけっこう少ないのではないかと思ったので、ちょっと書き出してみた。
総務省が公表している日本のジニ係数とは異なるのだが、世界各国を幅広く比較できるのはいい。これだけをもって何かをいうのはもちろん危険なのだが、それでもひとことだけ。
社会主義国、旧社会主義国と資本主義国で、別にジニ係数の傾向にたいしたちがいがないようにみえるのは面白い。マルクス主義は結局、所得再配分にはたいして寄与しなかったってことかね。
日本のジニ係数が拡大している、問題だ、という話がよくあるが、この表でみると、日本のジニ係数は下から2番目、世界でもトップクラスの低さだ。日本は所得格差がきわめて小さい社会だということを確認しておきたい。近年上昇傾向にあるとしても、まだまだ低いのだ。それから先進国の中でも、米国のような「競争社会」よりも欧州にシンパシーを示す向きは、欧州諸国のジニ係数を日本と比較していただきたい。
繰り返すが、これだけで何かをいうのは危険だ。それでも、私たちはそれなりに恵まれた社会に住んでいるということだけは自覚したほうがいいと思う。不満をいうなということではないのだが、なんだか日本はまるでだめで最低みたいなことをいう人はちょっとちがうんじゃないの、と。
1月19日開催の月例経済報告の関係閣僚会議に提出された資料(10〜13ページ)。元来所得格差が大きい高年齢層世帯の増加や、核家族化の進行で所得の少ない単身者世帯が増えたのが上昇原因であって、所得格差の拡大は見かけ上のものだとの分析。これに対し京都大学の橘木俊詔教授は「家族の人数を考慮して調整した所得を使い、核家族化の影響を除外しているOECDのジニ係数上昇データを、内閣府はどう説明するのだろうか。また高齢化が原因というが、高齢の貧困者が増えている問題をどうするつもりなのかと問いたい」と批判。
私の書いたものの中で、少なくとも先進国間のジニ係数の比較に関するコメントはまちがいということになる。ご注意。ただ、世界全体の中での日本の位置に関する考え方は、そう大きく修正する必要はないように思ったので、当面書き換えはしないでおく。
予定を変更します。きっかけは山口浩さんによる「世界各国をジニ係数順に並べてみた」です。はてなブックマークでも人気を集めていますが、ちょっと一言申し上げたいなぁと。内容についてはいちごでcloudyさんが書いたことに尽きていて、それを薄めて引き伸ばしているだけになりますが(笑)。
内閣府が19日に示した「所得格差の拡大は、高齢化と世帯規模の縮小の影響による見かけ上のもの」という見解(月例経済報告資料)をそのまま信じてよいのだろうか。
少し調べてみると、若年層でジニ係数が上昇していることを示す統計があった。また、ある論文で、内閣府の研究官が、別の統計を用い若年層で急速に所得格差が拡大していることも示している。ここでは、それらを紹介したい。
これだけで何かをいうのは危険だといいながら、「私たちはそれなりに恵まれた社会に住んでいるということだけは自覚したほうがいい」という主観をいっていることだけは自覚したほうがいい。なにもいうなということではないのだが、なんだかジニ係数が高いことがまるでだめで最低みたいなことをいう人はちょっとちがうんじゃないの、と。
書いたのはもちろん私の主観です。「何かをいう」といのは「断定する」ぐらいの意味で使ったのですが、表現が不適切ですね。失礼いたしました。
私としては、ジニ係数が上昇しているという危惧をいう人は多い割に、多少上がってもまだまだ低いんだよということをいう人はあまりいないな、と思った次第です。
他にもいろいろ考慮すべきことはあるのでこれだけで何かをいうのはもちろん危険ですが、その危険性を承知の上であれば、おおまかな話として、恵まれた社会に住んでいるということをいっても、さほど不適切ではないだろうと思いました。大きな変化と思われたものも、目を離して全体からみればそれほど大きくはない、ということです。もちろん国内の所得格差の拡大の問題を矮小化するつもりはありません。「世界の中の日本」の位置を意識しよう、という気持ちです。
「ジニ係数が高いことがまるでだめで最低」と書いたつもりはありませんが、上位の国々をみてみると、所得の分布だけでなく、水準の面でもかなり厳しい状況のところが多いようですね。地域的にも偏りがあります。つまり、国内の所得格差もさることながら、諸国間の所得格差も重要な問題ということなのでしょう。このあたりも考えていくべき問題なのではないかと思います。
ジニ係数については、単純にその数値だけで比較すると少し危険ではないか、という気がします。たとえば49位のトルクメニスタンとアメリカの人々は同じ程度に「幸せ」なのか、というと、基準はいろいろあるでしょうが、ちょっとちがうのではないかと。
そうした限界をふまえたうえであったとしても、日本のジニ係数が世界的にみて低い水準であることは、全体として「幸せ」なほうなんだろうなぁ、というのが本文の趣旨です。
要するに相対的な貧富の格差より、絶対的な豊かさ(GDP)の方が重要だということでは?アメリカよりルワンダの方が平等度が高いからルワンダの方が幸せというのはやはりへんですよね。
格差も水準も大事ですよね。でも、各国間の差のほうが、各国内の格差より大きいと考えたほうがよさそうな気がします。
自然失業率が高くのは労働市場の流動性を示している場合もありますし。職探しをあきらめてしまった人は反映しませんし。社会保障制度の差もありますから、国同士で比較するのは特に慎重にやらないと。アメリカで5%は高くないですが、日本では高いほうですから、人々の受け取り方はちがいますよね。もちろん、20%とかいうと、さすがによろしくないでしょうけど。
このデータで議論してはダメ。確かに昔は良かったのだが、バブルがはじけて以降悪くなり、最近の OECD のデータでは 31.4 (URLは失念) OECD 諸国の中では中位の処にいる。ちなみに自由主義を標榜する米国のジニ係数は日本よりも大きく、欧州の多くは日本よりも小さい。OECD は正規・非正規雇用の格差を問題にしているが、日本政府は問題を小さく見せようと反論している。
ご指摘の事実関係について特に反論する気はありませんが、私がOECD諸国の比較でなく世銀のデータをひっぱってきたのは、OECD諸国というのが世界の中ではきわめて偏った存在であるということを示すためです。OECDの中で日本の位置が変化しているのはわかりますが、そうした「世界」全体の中での位置づけは、依然としてかなり格差の少ないほうの国とみていいのではないかと思いますね。
公的な統計など取り上げて、物事を評価するのは正しいような錯覚に陥る。所得の格差が世界的な水準で見て相対的に良いとか悪いとか議論しても、それはあくまでも数値の遊びであり、日本という国の中で、いくら働いても普通の生活ができない人が多数いるという事実を、どうすればいいのかということ具体的な問題の解決には何もなっていない。
他人と比べて、まだましですよという情報を流されても、比較対象の他人があまりにも低い生活をしていること考えると、そんなことを言ってみても何の説得力をもちません。
ここのホームページの作者は、いくら働いても普通の生活さえ満足にできない当事者ではないように思えます。
また、このような指標をあえてインターネット上で公開して、作者は何がいいたいのかわたしにはわかりませんが、そのあたりはどのように考えられれているのでしょうか?
お前はアホか?お前の指摘してる問題は格差の問題じゃなくて貧困の問題だろ。貧困層なんて昔から日雇い労働者やホームレスなどたくさんいた。格差の議論とはまた別の次元の問題だ。そもそもいくら格差が開いたところで、社会全体が豊かで貧困層でも暮らしていけるならそれは良い社会だ。重要なのは全体のパイを広げることだからな。格差の議論で相対的、絶対的に事実現実を知っておくことは、格差の議論をする上では重要であり、今回の公的なデータはその参考になる。したがって作者がこれを示した意義は大きい。それと貧困の解消とはまた別だがな。ちなみに最近はホームレスやフリーターの数が減っているという事実現実も忘れてはならない。結局貧困の解決には経済全体のパイを広げ、仕事そのものを増やすしかない。賃金の上昇はその後についてくるものだ。分配あり気で経済良くなった、労働者の環境良くなった国など歴史上存在しない。かつての日本だってまず成長してから所得が倍増した。
所得格差より問題なのは、資産格差なのではないのでしょうか。もし所得格差のことを言い過ぎて、所得再分配機能を強めてしまえば、それこそ貧乏人はいくら頑張っても金持ちにおいつけません。金持ちはいつまでも金持ちです。それこそ問題なのではないのですか?
世の中には生まれが貧乏でも必死に頑張って所得を高くしている人と、生まれが金持ちで働かないボンボンがいます。どちらを応援しますか?
ここに紹介したデータは、世界銀行のウェブサイトに載っていたもので、私はそのうちジニ係数の部分を数値の高い順に並べてみました。意図は、本文に書いたとおりです。コピペしておきます。
これだけで何かをいうのは危険だ。それでも、私たちはそれなりに恵まれた社会に住んでいるということだけは自覚したほうがいいと思う。不満をいうなということではないのだが、なんだか日本はまるでだめで最低みたいなことをいう人はちょっとちがうんじゃないの、と。
日本で最も豊かな層の人たちの暮らしは、世界で最も貧しい国の中で最も豊かな層の人たちの暮らしとそう大きくは変わりません。ただ、日本で最も貧しい層の人たちの暮らしは、世界で最も貧しい国の中で最も貧しい層の人たちの暮らしとは大きくちがいます。私が「恵まれた社会」と書いたのは、そういうことです。
こんな数字に何の意味もないと考えるのはご自由ですが、この数字に意味があると考える人たちもいます。少なくとも世界銀行はそう考えたからこういう指標を好評しているのであり、世界の貧困を考えるにはこうした視点は必要です。国内を考えるにしても、貧しい国の人よりましだからがまんしろなどというつもりはありませんが、貧しい国と比べてどうなのかは意識しておいていいことだと思います。
私が念頭においていたのは、本文を読んでいただければわかると思いますが、なんでも政府のせいにしたがる人たちです。もちろん政府に文句をいいたくなるのもわかりますが(私にもいいたいことはたくさんあります)、私は、日本の現在のあり方はまったくだめであるとか、政府は何もしていないとかいった乱暴な決め付けに与するものでもありません。もちろん改善の余地はあるでしょうし、よくなることもあれば悪くなることもあるでしょうが、政府に悪態をついているだけでは、何も変わりません。
私たちには、選挙での投票によって意見を表明する自由があります。所得にかかわらず1票ずつもらえ、その行使において何の制約も受けないということの価値は、ジニ係数にあらわれる以上に、貧しい国の人たちと比べて私たちが幸せに思うべきことでしょう。
本文で紹介したものとくらべて、現時点ではジニ係数も上がっているでしょう。国民のうち相当数は相対的に貧しい層に入るはずです。その人たちが団結すれば、日本中のすべての政治家の首をすげ替えることだって理論上できるかもしれません。少なくとも現在そうなっていないのは、いろいろな考え方があるからだと思います。いろいろな価値基準があるからだと思います。
私には私の考え方があります。通りすがりさんには通りすがりさんのお考えがあるでしょう。他の人には他の考え方があるはずです。それらを投票によってまとめ上げたものが、政策として採用されていきます。ネットに限らずさまざまな場で、それぞれ自分の意見をいい、議論していくことが必要だと思います。
申し訳ありませんが、最初にひとこと申し上げます。議論をするためには、最低限の礼儀が必要です。粗いことば遣いは、相手にとって失礼であるだけでなく、自分の価値を下げ、自分の議論の説得力を失わせます。もちろんネットの中には乱暴な表現でやりとりをすることが慣例となっているところもありますが、ここはそうではありません。2ちゃん用語でいえば「空気嫁」です。
それはさておき、貧困者は昔からいたこと、貧困者がそれなりに暮らしていけるのはいい社会というご指摘は、重要なポイントかと思います。付け加えると、過去の日本にいた貧困者層は、現在の貧困者層と比較にならないほど悲惨な暮らしをしていたようですね。ただ、今の貧困者層の人たちと比べて当時の人たちがより不幸を感じていたかどうかは、直接比較もしづらいこともありますがよくわかりませんが。
資産格差のほうが問題とのご指摘、なるほどです。ただ、資産は所得の積み重ねでもありますし、よほどの金持ちでない限り、世代を超えて所得なしに資産を保持し続けられる状況ではないようにも思います。どうでしょうか。
ニュースとかちゃんと見てたら、ここ数年で急激に格差が生じ始めてきているっていう、基本的な知識は得られているはずなのに、この人はただそれに反発だけして、
堀江やら村上やらを見て、俺たちはこんなにあくせく働いても、こいつらはもっと簡単にあぶく銭を稼ぐんだと思うから格差があるように思えるんでしょ。
掲載データに問題がありですね。しかし根本的な問題として、作者様自体が自分の考えを明確に表明されていないと言うことです。
作者様の言う、この数値についての考え方はひとそれぞれ価値基準が違って変わってくると言われましたが、それは納得しました。しかしそれが、あなたの考え方のスタンスはどこにあるのか表明しない理由にはなりません。社会的地位からあまり断定的な考え方をかくと問題があるのでしょうか?
判断のほとんど読者にまかせてしまって、インターネット上でこういう数値を公表される行動が不可解に思えます。これじゃ、単なる情報提供にすぎません。仮にそれが目的であるとすると正しい情報が提示されないといけませんが、どうもそれもあやしい。
子供に積み木を作らせると、すばらしいものを作る子供はいますが、本人は意図して作ったわけでなく作ったという事実があるだけです。
大人に積み木を作らせます。すばらしいものを作ったとすると、そのすばらしさにもきちんと意図や考えがあります。
作者様の主張は、前者に近いと思います。しかし、われわれは大人ですから後者の作成者の意図や意志をくみ取り、いろいろ判断の材料とするわけです。
プロフィールを見ると、そういうことは既にわかっておられる方とみえますが、ここはプライベートなブログなのでそのあたりは考えていないのでしょうか?
いくら最新であろうと古いものであろうとデータだけで議論するのは大変危険、多くの場合結論は出ないばかりか堂々巡りするばかりです。
私自身仕事やプライベートでタイや中国、インドネシアなどに行くことが多いのですが。ブログ主が書いている通り日本の貧困層とアジア諸国の貧困層では生活レベルでいえば前者がかなり優遇された生活をしていると感じます。
格差が広がっていると,どうにかしなければならないと感情的に論じている方がいるようですが少し前に流行った光文社の某書物に感化されているのでしょうか。
深い知識やデータに裏づけされた意見を掘り出してくることも大変重要な事ですが、もう少し幅広い視野をもたれたほうがよろしいかと思います。
何度もいいますが、貧困が他の貧しい諸国と比較して、まだ優遇されているといいますが、この国の非正規雇用者の多くは、正社員以上に働いても、普通の生活レベルさえ維持できないことは明らかです。そこの部分の認識が欠落しているのではないでしょうか?
話は変わりますが、私は仕事上、工学系の大学の先生の研究内容を見ることが多いのですが、研究している内容は最先端でですばらしいのです。ただ、数値やデータを使った理論はあるのですが、実際にそれが社会で何か役立つ具体的な形を意識している方は多くありません。
経済学の方はうといですが、基本的に大学の先生の研究は、この所得格差でも貧富の問題にしてもなんでもいいですが、ジニ数値といった数値を取り上げて、データの分析はすると思います。それによって、所得格差の全容を明らかにできると思います。でもそれから一歩先に出て、じゃあ、それを解決するにはどういう具体的に方策が必要であるかといった議論になる前に、多くは終わってしまう印象があります。
あの数値をみると、こうこう分析できるとか、こういう傾向があるという議論だけしても、研究の結果として、現実の問題の解決策を提示しなければ、研究のための研究になってしまい、社会に貢献できません。その姿勢はそういう状態で困っている方々を自分の研究材料として使っているだけです。
作者様がそれに該当するかどうかわかりませんが、今回のジニ指数の話について読んでいるとそういうことが頭に浮かんできて書いた次第です。
感情的に論じることへの疑問を表明され、深い知識やデータに裏付けされた議論を重要視されていますが、わたしの違う感じ持っています。
物事を説明するのに、感情的であろうとなかろうと何か言いたいことがあるはずです。本来、議論をする上で、知識やデータを駆使するということは、それを裏付ける理由立てをおこなうためだと思います。自分が思っていることを証明するために使われるのです。深い知識やデータに裏打ちされていないからといって、意味のない意見というのは、結論が安易だと思います。
だから、いくら数値化された深い知識やデータが分析してあっても、自分はそれについて判断せず、見てもらった方にそれをゆだねるのは問題があると思います。
それは、先ほど述べたように、分析だけで終わってしまい、具体的な議論を行わず終わってしまうことが多いからです。
問題の解決には深い知識やデータがない場合でも、合理的な意見を述べることは可能と思いますがどうでしょうか?
みなさま色々なことをおっしゃっていますが、これだけの話題のネタを提供されたという点だけでも、まずは感謝です。
「所得格差より問題なのは、資産格差なのではないのでしょうか」という意見もありますが、それもその方の意見です。
「管理人は自らの主張を明確に述べるべきだ」というのも、所詮意見に過ぎません。自分のblogで何をどういう基準で書こうと、管理人の自由です。自分の主張だのスタンスだの書きたくなければ書かなくてもいいですよ。誰かの許可を得て表現しているわけでもないんだし。
そもそも管理人さんは「世界各国をジニ係数順に並べてみた」だけであって、是非論や幸福論にも立ち入っていません。別にそれでいいじゃないですか。
最後まで読むと、「所得再分配後」というのが出てきますね?ジニ係数にはそのままの所得(初期所得)を使ったものと、政府による社会保障などの所得再分配政策を勘案した所得(所得再分配後)を使ったものがあります。見出しに使われたのは初期所得の場合のものです。世銀が使ったデータは、実際のところどう計算したのか、詳しいところは私にはよくわかりませんが、おそらく所得再分配後だろうと思います。推移については、厚生労働省の「平成14年度所得再分配調査報告書」に出てましたので転記しておきます。
世銀の元データは1993年時点とありますので、この推移の中でいえば0.3645にあたる数字かと思います。特に初期所得の指数はけっこうなスピードで増加している様子がわかりますね。ただ、所得再分配後ではそれほど大きくは変わっていません。
初期所得のほうの数字の上昇については、高齢化とか単身世帯の増加とかといった要因の影響がかなりある、というのが政府の公式見解のようです。この点については事実関係についてもいろいろ議論があるようですが、相当の影響があるであろうこと自体はおそらくまちがいないと思います。ここ数年の政策の影響ももちろんあるでしょうが、少なくとも、上昇はそれよりはるか前から始まっていたというのも事実です。
この記事は2006年1月に書いたものですが、その時点で世銀データはこれが最新でした。よく使われるOECDの比較でなく世銀のものを使ったのは、このほうが幅広い国々をカバーしているからです。「格差はない」と書いた覚えはありませんがどなたか他の方と勘違いしておられませんか?国際的にみて日本が恵まれたほうであるかどうかは比較の対象にもよりますが、少なくとも世界規模でみるなら、多くの意味において否定しづらいだろうと思います。ニュースを見ているのはけっこうなことですが、その他のウェブサイトにもデータや基礎的な解説がいろいろ出ていますので、そちらも見てみることをお勧めします。ずいぶん前から日本のジニ係数が増大傾向があるのは事実であり、記事でも別に否定していません。にもかかわらず、レベルの問題として、日本より状況の悪い国はたくさんあるよというあたりを書いてみたわけです。理想郷ではもちろんありませんがこの上ない地獄というわけでもないよ、ということです。
何と比較し、どのあたりを許容範囲とするかによって、ものごとの見え方はずいぶんちがってきます。それに、自分がどういう立場にいるかによってももちろんちがうでしょう。一個人としては、日本の恵まれない人たちに対するのとかなり近いレベルで、他国の恵まれない人たちもなんとかできないかと思ったりします。若年層の失業率が40%くらいある国、子どもの相当割合が10歳まで生きられない国、労働人口の1/4がHIV感染者の国。世界にはいろいろな国があります。だから文句をいうなといいたくはないのですが、どうしてもいろいろ考えちゃいますね。
掲載データに問題があるとお考えなら、世界銀行に言ってください。私は自分の意図に沿ったものをピックアップしたつもりです。自分の考えをはっきり書けとのことですが、基本的にこのブログにおいては、私がいつ何をどのように書くか書かないかについて、他の方の指示は受けないことにしています。別に完成形の文章を書いているつもりもありませんし、ここで完成形を示す意思もありません。
意図がわからないとのことで、力不足は認めます。今後の参考にさせていただきますが、この文章でいいたいことはわかる、という方もたくさんいらっしゃるようです。「単なる情報提供ではないか」とのご指摘については、「それではいけないんですか?」とお答えしておきましょうか。
開き直るみたいに見えるかもしれませんが、このブログには全部で約9MBのテキストが書かれています。私は格差問題の専門家でも何でもありませんが、この9MBの中にはそれに関連したテーマのものもけっこうあって、私の考えがより強くあらわれたものもあるはずです。私の意見は、それらを総合していただければだいたいわかるだろうと思いますので、ご関心があればどうぞ。実際、私自身も昔の記事を読み返して自分の考えを確認したりすることもあったりします。
コンパクトにまとまった教科書をお求めなら書店に行くことをお勧めします。このジャンルの本は特定の価値観に基づいた感情的な主張がけっこう多かったりしますが、それでも私よりはるかに適任の専門家たちが書いた本もたくさんあると思います。
似た経験を、ほんのわずかですが私もしています。途上国への旅行経験がある方なら、ちょっと注意してみていれば必ずわかる程度のことですが、特に子どもたちの姿には、考えさせられるものが多くあります。
信号待ちの車に駆け寄ってガラスを拭いたり花を売りに来たりする子どもたちや、親が経営しているのであろう露店の隅のテーブルで教科書を広げている子どもたちの目は、少年サッカーでボールを追っていたり、ゲームの攻略本を一心に読みふけったりしている日本の子どもたちの目とよく似ていました。
「普通の生活」とは何かについて、改めて考えてみてはいかがでしょうか。それはいったいどのくらい「普通」なのか、そもそも「普通」って何なのか。たとえば、一般に所得水準の低い国では、家族と同居している人が多かったりしますが、それはそうしないと暮らせないからでもあります。かつての日本もそういうところがあったわけで、人間が「普通」にとる対処法です。では昨今の低所得者に多い単身世帯は、その意味で「普通」なのでしょうか。他にもいろいろあると思います。
大学教員の研究内容に関するご批判は、少なくとも一般論としてはその通りだと思います。私も、あくまで一般論として、そうでない研究をしたいと思っています。ただ、私の専門は経済学でも経済政策でもありませんが、その分野で具体的な方策を立案するのはものすごく大変だということはある程度わかります。あちこちに微生物やら薬品やらが付着した汚い実験器具で、目隠しをして化学実験をやったら、なかなか成功しなさそうですよね?たぶん両手もしばられてて、足で器具を操作せよといわれているかもしれません。そういうことかと思います。
>そもそも管理人さんは「世界各国をジニ係数順に並べてみた」だけであって、是非論や幸福論にも立ち入っていません。別にそれでいいじゃないですか。
基本的にはそうなんです。この指標は感情的な反応を引き起こしやすいので、どうやったら届くかなといろいろ考えた末にこうしてみました。そのあたりが舌足らずと見えたのかもしれません。まあ、文章力の不足、ですね。でも、こうした議論のきっかけになったという点では、ご指摘の通り、少しはお役に立てたのかもしれません。簡単に結論が出る問題でもないので、皆さんもいろいろ考えていただければと思います。
恐らく最近 ジニ係数の記事が出てきたから皆さんこちらにいらっしゃっているのでしょうね。私もその一人ですが。
このデータに関して色々なご意見があるようですが、私も管理人様と同様の考えを持っています。どの世界でも貧富の差はあるし、それをなくそうと考えて共産主義が産まれましたが、その結果は努力が消失し退廃が産まれました。格差は必要悪なのだと思います。
ただ、日本の貧困層は世界的に見ても恵まれています。これは事実だと思いますよ。(私は貧困層ではありませんが、そういった方と接する機会が多いです)。確かに昔よりは悪化しているように考えられますが。
いざとなったら賃金労働者より多くもらえる生活保護。貧困だといっても、餓死をすることなどほとんどない。お金がなくても受けられる高度な水準の医療・介護。
どれをとっても、他国ではありえないことではないでしょうか。(アメリカでは先日退任した大統領補佐官が高収入であるにもかかわらず医療費で破産しかかっていますよね)
人の幸福感は期待水準との相対的な関係で決まるのでしょう。日本の場合、いろいろな経緯で期待水準が高くなっているのだと思います。もちろんそれ自体は悪いことではないし、その分政府の責任も重いんですけどね。
生活保護者の待遇について述べられていますが、非正規社員で正社員と同等に働いても、最低限の生活ができない人がいるということを考慮しなければいけません。そういう状態はその人自身の問題であって、他国の貧困層と比べてはるかに良い待遇かもしれません。それについてはジニ指数をみて理解できます。しかし所得格差がなぜ起きているかというと、低賃金で非正規社員として雇うことができるこの国の問題なのです。どう考えてもかれらは本来受けるべき給与より低賃金で雇われています。
ここの議論を読んでますと、この指標について考え方を言わないといってますが、根底に貧富の格差があるのはしょうがないと言っているように思えてなりません。他国より貧しくても豊かな方だからがまんしろといわんばかりに聞こえます。
この貧富の格差が、本人の怠慢によるものであればそういう議論はなりたつでしょうが、ほとんどはバブル以降の社会的な状況で非正規社員にならざるを得ず、最低限の生活さえままならないというのが本当だと思います。
ジニ指数をただ並べただけというのが筆者の意見ですが、絶対に本音があるはずです、動機がなければ行動はおきないからです。
でないと、恵まれた正規社員の方には、所得格差があって当たり前だろうと判断するし、非正規社員が、現在の社会的な問題で低賃金になっているという本当のことを覆い隠すことになります。
いくら自分のおきらくブログであるからといって自分のブログの影響力を考えて書かれた方がいいと思います。いくらお気楽ブログでも人にいろんな誤解や偏見をあたえてしまう内容ではないかと思います。
上にも書いてあると思いますが、このブログに何をいつどのように書くか書かないかについて、他からの指図は受けないこととしております。記事本文と、これまでのコメントのやりとりにおいて、「動機」は充分に伝わるものと考えています。
「最低限の生活」という表現はわかりやすいようですが、実はそう簡単な話ではありません。給与が生活保護以下であるみたいな話がよくありますが、個人単位の給与と世帯単位の生活保護を直接比較するのは乱暴です。単身世帯で月10万円はかなりたいへんだろうと思いますが、4人家族中3人が働いて月30万円とか、7人家族中4人が働いて月40万円となれば、生活実感はかなりちがうでしょう。政府見解にある、高齢化と世帯人員数の減少の影響は統計上の分析に基づいたものですが、実感としてもその影響はかなり大きいと思います。また、歳をとるのを止めることはできませんが、世帯人員数はある程度まで選択の問題でもあります。実際、昔の人はそうやって暮らしてきたわけですし、今でもそうやっている人たちが世界中にはたくさんいます。政府がやらなければならないことはたくさんありますが、政府だけのせいにするのはいかがなものかとも思います。
もちろんこれは問題の一部で、もっとひどい境遇の人がいるのは承知していますが、そもそもこの種の指標は全体を概観するためのものなので、個別の事例を引き合いに出して「ちがうじゃないか」というのはスジちがい、とまではいいませんが、少なくとも生産的ではありません。
私が単純な格差容認論者であるかどうか、例に出された非正規雇用の方々についてどう考えているか(それは裏返せば正規雇用の方々についてどう考えているかということでもあります)については過去の記事をご覧いただければわかると思います。昔2ちゃんねるではよく「半年ROMれ」などといいました。一般論として私はそこまでえらそうに要求するつもりはありませんが、見ず知らずの「他人様」のブログを「お気楽ブログ」呼ばわりするのであれば、その前にそのくらいはしても罰はあたらないとも思います。
日本のジニ計数が0.249?冗談でしょう。今年の8月24日に厚労省が公表した平成17年の日本のジニ計数は、0.5263です。確認してください。この数値は「特段の理由が無い限り直ちに是正を必要とする」という数値です。あまりいい加減なデータで世の中を惑わせることは、罪深いことです。お気楽では済みませんよ。
「冗談」でも何でもありません。0.249の元データ、0.5263という数字とそれに対する考えはコメント欄の上の方にも書いてあります。所得再分配ってわかりますか?「お気楽では済みません」と書く前に、まずは記事とコメントを読んでください。というより、まずはきちんとした教科書で経済学を基礎から勉強することをお勧めします。
・・あれ?日本で最近暴動起きてました?それ「最貧困層である総人口の20%が収入や消費で全体に占める割合はわずか4.7%。逆に最も金持ちな20%の収入・消費シェアは全体の50%に及ぶ」中国以上にぶれにぶれまくった格差社会ですよ?どんな後進国ですか。日常茶飯事で暴動、デモ起きますよ、てか日本の場合0.5だったら革命起きるわ。いや、まあ、中国数字弄ってどんだけがんばっても来月あたりに0.5なりそだが。ところで0.5付近はなにが起きるか知ってるかい?中国じゃ先日パン恐慌起きて香港の小麦価格2割り増し。増し増しだー!増し増しだー!!では日本では?軍国主義の台頭です。
コメント欄の上のほうを見てください。ソースは厚生労働省です。あまりこういう言い方はしたくありませんが、「学徒」を名乗るなら・・・
[日記] ケータイやネットができない小中学生の「地獄の未来」をシミュレーションしてみた。 (ネット小説家の小さな書斎)

 

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