ため息とは?/ スタッフィ
[ 112] うつ病対策・ストレス解消講座 | 『ため息』 でストレス解消するコツ
[引用サイト] http://blog.nnfh.net/?eid=109149
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気分がスッキリしない時、自然と出てしまう 『ため息』 。読者の方もご存知かもしれませんが、この 『ため息』 には、ストレス発散の効果があります。ストレスを抱えていると、無意識に呼吸は浅くなりがち。大きく息を吸い込み吐き出す『ため息』は、脳と体に新たな酸素を供給し、リラックスした状態を作り出す役割をしてくれるのです。 ただし、普通に 『ため息』 をするだけでは大した効果はありません。ちょとしたコツで、『ため息』 によるリラックス効果をアップすることができます。 一つは、『息を吸った時にしっかりとお腹がふくらむように、息を吐いた時にお腹がぺちゃんこにへこむように』することです。つまり腹式呼吸をするということです。 もう一つは、『新しい気』 を思い切り吸い込み、『汚れた気』 を思い切り吐き出すようにイメージすることです。 私の会社には、頻繁に大きなため息をしている先輩がいます。ずっと気になっていたのですが、今日わかりました。 近くを通るたびに聞くこの大きなため息、それは逆に私のストレスになっています。聞くたびに、私の方が疲れてしまい、やる気が損なわれてしまうんです。 本人にとっては良いストレス解消法かもしれませんが、周りにマイナスの影響を与えないような解消法を紹介して頂けると助かります。 現代日本は「ストレス社会」であるという主張に、異論をはさむ人は少ないでしょう。それほど、私たちの日常生活はストレスに満ちております。 抑うつ気分、不安、焦燥感などがあり、体調もすぐれず精神活動が抑制される心の病気。WHOの調査では、うつ病の有病率は人口の3〜5%といわれており、珍しい病気ではなく、よくある病気と考えたほうがよい。特に多いのは軽症のうつ病で、気分的なうつ症状が軽く身体症状が強い傾向がある。 うつ病(鬱病)とは.. ある季節になるとうつの症状があらわれ、その季節が去ると症状がよくなるタイプのうつ病。「冬季うつ病」「夏季うつ病」がある。 季節性うつ病とは.. 身体的病気や服用している薬の影響によってうつ病と同じような症状が出るものをいう。身体因性うつ病は身体的病気や薬の服用を止めると自然に治ることが多い。 身体因性うつ病とは.. 産後の気分の不安定な状態。出産による急激なホルモンバランスの変化や精神的不安によるものとされているが、はっきりした原因よくわかっていない。産後女性の10〜15%が産後うつ病になるとのデータもある。 産後うつ病とは.. 冬季のみに症状が現れる季節性うつ病。他のうつ病と違い、その季節が終わると症状は良くなり、うつ気分と共に過食、眠気といった症状が現れやすいのが特徴。主な原因として、冬季の日照時間の少なさが関係しているとされている。 冬季うつ病とは.. 気分が高揚している躁状態とふさいでいるうつ状態が、単独もしくは交互に周期的に現れる。 躁うつ病とは.. 老年期に発症するうつ病。定年退職や配偶者の死などに伴って起きやすくなる。痴呆との鑑別が非常に困難といわれている。 初老期うつ病とは.. 精神的緊張のこと。不安・恐怖・興奮など社会的なもの、過労・睡眠不足・感染など生物学的なもの、寒厚・騒音・化学物質など物理化学的なものなどが原因となる。 ストレスとは.. パソコン、コンピューターを扱うことで生じるストレスのこと。コンピューターに適応できないことで生じる不安型と、過剰に適応して生じる依存型がある。 テクノストレスとは.. 英語でPTSDとも呼ばれる。本人もしくは近親者の生命や身体に対する重大な脅威に遭遇して生じる精神ストレス障害。過去の出来事がフラッシュバックして、再体験しているかの様な錯覚をするのが特徴。 心的外傷後ストレス障害(PTSD)とは.. |
[ 113] ため息の理由
[引用サイト] http://boysnextdoor.blog55.fc2.com/
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大学を卒業して3年目。色々なことに挑戦しながら夢を追いかけている。詳しいプロフィールはこちら。前略プロフィールマドンナが大好き。リンクフリー、トラックバックやコメント大歓迎です。←訪問の際は1クリックお願いします。 「ザ・マーガレット2008年3月号」におもしろい漫画が載っていた。佐藤ざくりというひとの「はつ恋」という読みきり漫画だ。ちなみに「Otona Pink」という漫画の番外編らしい。大学に入りたての男の子二人と、一人の女の子の奇妙な三角関係を描いた物語で、男の子の一人はゲイという設定なのだ。一人の男の子をめぐって、女の子とゲイが三角関係になるっていうのは少女漫画によくある設定だろう。まあ、現実世界ではありえないお話で、多くのゲイにとっては失笑モノな作品かもしれない。ゲイの男の子は田舎から出てきて、大学ではカムアウトしている。サークルでも平然と自分はゲイだと公言しているんだが、サークルの先輩たち(特に男)からからかいや嘲笑的な発言をされる。それに対して、ゲイの男の子も笑いで答えている。そんな彼に対し、ノンケの主人公はこう言った。「ああいうの、笑いにするのやめろよ」・・・・何ともはや、これはKazuccineの物語かと一瞬思ってしまったほど。デジャヴみたいなものを感じてしまった。別に女の子やノンケ男と三角関係におちいったなどということはないのだが、カムアウトやそれに対する周囲の反応は似たようなものだったから。わたし自身、自分がゲイであることをネタにしていたし、からかいには笑いで応酬していた。わざとらしくオネエ言葉を使うこともあった。「俺のケツは狙わんといてくれよ〜」と言われれば、「優しくしてあげますから、きれいにしといて下さいね〜」と鼻にかかった声で答え、「キモイわ〜」と言ってその場にいた人たちが笑う・・・・。こんなこともあったっけな。内心「誰が貴様に欲情するか!!男も女も抱けんチンカス野郎めが!」と思ってたけどね。セックスに関することを執拗に訊かれたり、あれやこれや下世話な質問を投げかけられたりもした。それらには全て笑顔で答えていたけれど。わたしの勘なんだけれど、恐らくゲイがカムアウトするためには、周囲のこういう反応はある程度覚悟しなきゃいけないと思う。下世話で酷いことを言われたり、小馬鹿にされるような反応は絶対にあるはずだ。特にノンケ男からはね。場面によっては、哀しいかな笑いにするしかないんじゃないだろうか。いいか悪いかは別にして、そうしないと生きていけないってのも事実だから。笑いものにされてると思うと癪に障るが、そこは「笑わせてやってる」ぐらいの気持ちでどーんと構えるしかないと思う。大体、ゲイを笑いものにするような下世話な人間は他の人に対してもろくなことを言わないものだ。そういうやつは陰で確実に嫌われている。「あんなん言われて平気なん?嫌なら嫌ってはっきり言い」と、言ってくれる人はわたしにもいたのである。哀しいかなカッコいいノンケ男じゃなくて女の子だったけどね。(「何が哀しいかな、やねん!!」って怒られそう。苦笑)確かにカムアウトすることは辛いことが伴うけれど、じゃあしない方がいいかといえばそんなことはない。傷つくことを言われるのも事実だが、それをおかしいと思ってくれる人も周りには必ずいる。カムアウトしなかったら、学生時代の素敵な友人にも絶対に出会えなかった・・・・・というかいい関係は絶対に築けなかったと思う。大学という開放的な環境だから出来たことかもしれないけれど、自分の人生にはすごく意味のあることだったと思う。ただ、やはり何でもかんでも笑いのネタにしていたことは、間違っていたんじゃないか・・・・最近ではそういうふうにも考えている。わたしを笑い者にしてた人たちには、やはり腹に据えかねるものがあったのだ。鬱憤を晴らすべく・・・・かどうか知らんが、後に彼らの悪口を言いふらしてしまいそれが彼らにも発覚して険悪な関係になった。大人気なくて、よくない行動をとってしまったと反省している。案外「ホモ野郎の性格は最低だ」っていう印象を与えてしまったかもしれない。フランクに、ストレートに、嫌なことは嫌だって伝えていた方がよっぽど良かったと思う。ある程度笑いに変えるしたたかさも必要。これも事実。もし今カムアウトを考えている人がいたら、こうアドバイスするかな。「ある程度は笑いに変えるしたたかさも必要。でも卑屈になったり、人間としての尊厳を捨てることはしちゃいけない」と。あとは、「調子に乗って下ネタばかり言わない。のろけも度が過ぎると引かれる」ということだろうか。カムアウトに関して考えることは人それぞれ。ただ、わたしは本当にカムアウトしてよかったと思う。 検査結果がわかるまで二週間という長い時間がかかることで、わたしはまた少し不安になってしまった。検査を受けるという一つの壁はブチ破ったものの、検査結果を聞きに行くという新たな壁がわたしの前に現れたのだ。最初の壁に比べればはるかに低い壁だった。それでも、いつも逃げ腰なわたしとしてはすごく不安だったのだ。「直前になって逃げたりせんよなあ・・・・」「何があったって、Life goes onなんだからさ」友達の一人がわたしにかけてくれた言葉。そう、結果がどうあれもうすでに起こってしまっていることなのだ。あれこれ悩んだって、人生は続いていく。腹をくくろう。どーんとかまよう。そんな気持ちを書いたのが、5月16日の記事「男Kazuccine、腹をくくる」。腹を決めてしまえば、びっくりするぐらい落ち着いていられる。検査を受けに行く前より、びっくりするぐらい心が穏やかだった。5月27日。ついにその日が来た。ついに検査結果を聞きに行く日。さすがに直前になるとドキドキしてきた。保健所の駐車場まで来ると、自分の心臓の音がドクドクと聴こえる。それでも引き換えしたりしようとは思わなかった。受付を済ませると、小さい部屋に通された。「何だか警察の取調室みたいだ」のん気にこんなことを考えていたのは、落ち着いていたからか現実逃避からくるものか。待つこと5分少々。ノックをする音が聞こえる。初老の女性が入ってきた。「さぞかし不安だったでしょう。ここに検査結果が書いてあります」女性は封筒からいくつか書類を出した。「おめでとう。全部陰性よ」エイズ、クラミジア、梅毒、肝炎。用紙に書かれているのは、どれもこれも陰性だった。とっさに言葉が出なかった。よかった!と大号泣する人もいるらしい。うれしくて飛び上がる人もいるらしい。うれしいとか、安心したとか、そういった感情はあまりなく、「そうか、陰性だったのか」と何だか他人事のような気がしていた。感情がまるで真っ白。もしかしたら、陽性だった場合を考えて無意識のうちにそういう精神状態にしていたのかも。駐車場に向いつつ、まだ喜ぶという気分にはなれず放心していた。陰性だったのにも関らず・・・・自分でも不思議だった。「たまたま運が良かっただけじゃないのか」そう思っていた。実際そうだったんだろう。初対面の男に生で中出しさせて、よくぞ安全だったと思う。同じようにした人で、哀しいかな感染してしまった人がたくさんいることだろう。彼らの運命はわたしの運命だったのかもしれない。だから、ただ単純に結果を喜んでいいものではないのだ。検査結果を友達にメールする。「全部陰性だったよ。心配かけて悪かったね。ありがとう」すぐに返信が来た。「よかったね。新たな人生の始まりだよ」新しい人生か・・・・。始まりか・・・・。エイズや性感染症が陰性だったことで、何か新しい人生が始まったとは思わない。でも、始めなきゃいけないんだと思う。自分を大事にする人生。大切な人を大事にする人生。そのために、今までのやり方ではよくない部分もあると思う。考えるべきこともたくさんある。新しい人生は課題だらけだ。でももう、二度と幼く無知な自分には戻るまい・・・・そう思っている。 漠然とエイズ検査を受けようと思い立ち、電話をしたもののどうやら色んな種類の検査があるようだ。エイズだけなら迅速検査といってその日のうちに検査結果がわかるものがあるらしいのだけど、わたしは他の感染症にかんしても調べて欲しかったので結果が出るまでに二週間かかるコースにした。エイズ以外にも梅毒やクラミジア、肝炎なども調べてもらえることが出来る。無料でしてもらえるなら、より多くの感染症に関して調べてもらった方がいい。でも二週間は少し長いな・・・・蛇の生殺しだ・・・・そう感じてしまったのも事実だ。ちなみに自治体によって色々異なるようで、わたしと同じ内容の検査をしてもその日のうちに結果が出るところもあるらしい。思い立ったのが4月の下旬。本当はすぐにでも検査を受けたかったけれど、ゴールデンウィークの関係で5月13日までずれ込んだ。「何だかなあ・・・・また逃げちゃいそう。それどころか忘れちゃいそうだ」。ここで逃げたら、またいつまでも逃げつづけるようになる。そう思ったので自分を逃げれないように追い込むことが必要だと思った。友達何人かにメールした。「5月13日にエイズ検査を受けることにしたよ。わたしにとってはすごい決心なの。 でも弱い自分に負けてしまいそうです。もしよかったら、わたしが勇気を出せるように祈って」メールが返ってこない人もいた。あとで聞いたらショックでどう返していいのかわからなかったそうだ。エイズ検査はまだまだカジュアルなものではない。「よっしゃ、がんばれ。12日の夜にでもメールするわ」「大丈夫だよ。受けておいでな」友達の返信に励まされた。そして、こんなに応援されてる以上、逃げちゃダメだって思えた。嫌らしい言い方をすれば、友達を利用したことになる。でも、そうしないと自分から逃げてしまいそうで怖かったのだ。5月13日。検査日が来た。緊張して眠れなくなるかと思いきや、案外ぐっすりと眠ってしまった。わたしって案外神経図太いのかな?検査の時間は14時。仕事は休みをとっていた。昼食後に保健所へ行く。ここまではよかった。しかし保健所の駐車場まで来て、急にがたがたと震えがきた。「今なら引き返せるよ」自分の中の弱い自分がささやきかけてくるようだった。どうする?Kazuccine?あんたの人生これで終わっちゃうのかもよ?治療費出せるの?親には何ていうの?友達も去っていくかもしれないよ?知らぬが仏かもしれないよ?ウジウジと悩み続けてきたこと。こんなの忘れてたのに・・・・。何で今さらこみ上げてくるんだろう。「逃げるな!」自分に言い聞かせて。保健所の中へ入っていった。受付で申し込みを済ませ待合室で待つことになった。わたしを含めて3人の男女がそこにいた。若いお兄さん、中年の派手なお姉さん。3人とも、目を合わせることは出来なかった。みんな不安そうな顔をしていた。怖かった。エイズにかかっていることが怖い。友達に見放されることが怖い。両親が悲しむのが怖い。でも、もっと怖いのは・・・・感染しているとわかった時、わたしがどうなってしまうのか。自分を大事に出来なくなるのではないか。大切な人を大事に出来なくなるのではないか。これから出会う人を大事に出来なくなるのではないか・・・・。そうなっちゃうことが怖かった。友達にメールした。「ねえ、すごく怖いよ。検査の結果次第でわたしは自分も周りの人も大事に出来ない 自暴自棄のロクデナシになるかもしれません。 陽性だったら、わたしの人生変わっちゃうよ」すぐに返信がきた。「あたしはあんた大事にするわよ。何も変わらないわ。ずっと悪友よ。笑」涙が出てきた。わたしはこの人だけは大事に出来る。変わらないでつき合うことが出来る。わたしは何も変わらない。何があっても負けない。彼女同様に、きっとみんなを大事に出来る。今までよりも、もっと大事に出来る。わたしの番号が呼ばれた。検査室に入る。涙ぐんでいたわたしは、少し不信に見えただろうか。予想に反して、検査はあっけなく終わった。注射器に何本か血液を取られ、書類に記入し、結果を聞きに来る日を決める。5月27日。ちょうど2週間後にわたしは結果を聞きに来ることになる。 受けなきゃいけない、でも怖い。いつもこのループ。悩んで悩んで、いつしか忘れてしまう。それの繰り返しだった。いや、忘れてしまったことにして逃げていただけなんだけれど。そんなわたしに心境の変化が訪れたのは今年の4月。ついに決心した。検査を受けようと。。突然思い立ったのは何故かわからないけど、マドンナの新曲「4 minutes」を聴いていたからかも・・・・・。歌詞の中に「No hesitate(ためらっていてはダメよ)」という言葉があるように、全体的に「勇気をもって前へ踏み出しなさい」という内容だから、何度も聴いているうちに一種の洗脳みたいな感じになってしまったのかもしれない。「If I die tonight, at least I can say I did what I wanted to.Tell me how about you?」(もし今夜僕が死んでも、やりたいことはやったって、それだけは言える。君はどう?教えてよ)人生はあっという間。何が起こるかわからない。今出来ることは、今しなくちゃいけない。歌詞に後押しされるように、腹をくくることにした。ちなみに、もしかしたら歌詞以上にマドンナの姿勢に感化されたのかも。今年50歳の彼女だが、新アルバムではまた新しい音に挑戦している。大ヒットした前作のテクノハウス路線で、新しいアルバムを出すことも出来たのに一転してブラック音楽を取り入れているのだ。マドンナは挑戦しつづけてきた人だ。50歳の彼女が躊躇することなく前に踏み出しているのに25歳のわたしが躊躇しているなんて、かっこ悪いぞ。マドンナに後押しされた形となって、わたしは検査を受けることにしたのだ。そういえば、マドンナ自身80年代にエイズパニックが起こったときは検査を受けるのを嫌がったという。当時の夫ショーン・ペンに一緒に検査に行こうと言われても、断固拒否したらしい。そうこうしているうちに、エイズでゲイの友人たちが続々と死んでいった。親しい友達がどんどん死んでいく中、彼女はどういう心境だったんだろう。その後、エイズ撲滅運動に熱心になっていったのはよく知られている。「怖いのはあなただけじゃないわ」マドンナはそんなメッセージをわたしに語りかけてくれているようだった。・・・・それにしてもこんな個人的なネタにまでマドンナが絡むとは・・・・。生粋の信者という他ない。苦笑保健所に電話して、検査日の予約を入れた。5月13日が検査日。ついにわたしは一歩を踏み出した。 エイズ検査を受けようと考えていたのは、以前から。ゲイである以上、エイズは無視できないものだ。前の彼とつき合っている時はまったくコンドームは使っていなかったし、彼と別れた後、何人かとコンドームなしでセックスした。それがどんなに危険なことかは知っていた。相手はみんなよく知らない人だったし、どれだけ遊んでいるかわかったもんじゃない。セックスした後に後悔。そして不安と恐怖が襲ってきた。検査を受けなきゃいけない・・・・・でも、怖い。「受けなきゃ」「でも怖い」自分の中で押し問答ばかりしていた。「受けたらスッキリするよ」と、人は言う。でもそれは感染していなかったらの話だ。感染していたら奈落の底に突き落とされるだろう。わたしの中では「怖い」という感情の方が強くなってきた。怖さから逃げるようになり、検査のことはあまり考えなくなった。そうこうしているうちに友人の一人が肝炎にかかった。つき合っている彼からうつされたという。「信頼してたのに・・・・・」彼は言った。一緒に住むほど仲の良かった二人だけど、相手は外で浮気していた。信頼では病気は防げない。今年の一月、元彼からメールがきた。「クラミジアうつされちゃったよ。誰からうつされたかもわからん」彼はコンドームなしのセックスが大好きだった。わたしと別れてからは結構遊んでいたらしい。「何てこった」びっくりするぐらい性感染症が身近になっている。決して対岸の火事なんかじゃない。怖がっている場合でもない。「受けなくちゃいけない」この気持ちは徐々に高まっていった。でも、やはり「怖い」という気持ちもそれに比例して高まっていく。眠れない夜が続いた。 時々思い出に浸りたくなる。一種の現実逃避。まだまだのん気に生きていた頃の幼いわたし。人生には無限に時間があると思っていた。日常は楽しいことで満たされ、嫌なことなんてないと思っていた。でもあの頃に戻りたいんじゃない。大事なのは今であり、これからだ。でも疲れると昔のことばかり思い出す。 カンヌでの、マドンナとシャロン・ストーンのツーショット写真。ともに90年代のセックスシンボルであり、仲が悪いとささやかれたこともある二人だけど写真を見る限り仲はわりとよさそうな感じがする。それにしてもシャロンって背が高いんだなあ。というよりマドンナが小柄なのかもしれないけど。二人がならんでいると、どうしてもレズビアンのカップルに見えてしまう。それも、シャロンがタチでマドンナがネコだろうな〜って雰囲気だな。シャロン「こっちへいらっしゃい。子猫ちゃん」マドンナ「ま、お姉さまったら」こんな会話を妄想してしまうけど、我ながら古くさい妄想だ。実は二人とも同い年で、今年50歳。80年代は、二人ともにせブロンドに黒々とした眉で強い女性を演じていた。「セックスシンボル」なんて言われていた二人だけど、色んな面で共通するのは事実だろう。シャロン・ストーンが「氷の微笑」">「氷の微笑」で大注目された時期は、マドンナも過激なセクシー路線まっしぐらで写真集『SEX』や、アルバム『エロティカ』を発表していた。極めつけは「氷の微笑」の二番煎じ的な映画「ボディ」">「ボディ」に出演した。「氷の微笑」も「ボディ」もミステリアスな美女に男が振り回される、エッチシーン満載のサイコスリラーという点では全く同じだった。刑事サスペンスと法廷サスペンスという違いはあるけれど、ストーリーはかなり似通っている。違うのは、「氷の微笑」が大ヒットしてシャロン・ストーンが一躍スーパースターになったのに対し、「ボディ」は興行成績が惨憺たるものになり、マドンナのキャリアがピンチに陥ったことだろう。ことあるごとに作品が比較されたので、マドンナもシャロンもあまりお互いいい印象は持ってなかったみたいだ。当時マドンナは、インタビューで「こっちの方が過激なのよ」と答えていたらしい。そんな過激さなんぞ競わんでも・・・・と思うんだけれど、当時はマドンナもスランプ期だったのでついついそんな発言も出ちゃったんだろうな。ところで、実際見て比較してみると確かにベッドシーンの多さでは「ボディ」の方が勝っている。というより、「氷の微笑」が意外にエロくない・・・・という印象だ。エロ要素はあくまで味付けで、サスペンス中心のお話だといえる。「ボディ」はこれでもかーっ!!というぐらいエロシーンを詰め込んでいて法廷シーンでもきわどい証言ばかりマドンナにさせている。ちょっとお腹いっぱいだ。「氷の微笑」のシャロンとマイケル・ダグラスのカップルはスマートでクールな印象だ。「ボディ」のマドンナとウィレム・デフォーはコテコテな感じがする。とにかく「ボディ」は濃すぎる。悪い意味でマドンナらしいといえるかも。ちなみに、当時比較されまくっていた二人だけれど、シャロンの広報はマドンナとの差別化をはかるために、「彼女はマドンナと違って同性愛には偏見を持ってます!」とアピールしたという話を聞いたことがある。「偏見がない」とアピールするならともかく、「偏見あります」とアピールするなんて今では考えられないけれど、90年代前半のアメリカでは案外ありうることだったのかも。実際のシャロンは同性愛者の権利拡大運動に協力したり、映画でレズビアンの役をやったことがある。むしろ偏見なんて当時からなかったんじゃないかな?エイズパニックの頃から、ゲイを擁護しつづけてきたマドンナとの違いを出したかったんだろうけど、広報のやり方が賢かったとはとうてい思えない。いずれにせよ、シャロンがドナ・サマーのように本当のホモファビアじゃなくてよかった。シャロンもマドンナも、50代になってもセクシーでカッコいい女性でいてくれることだろう。世界中の女性やゲイのアイコンとして輝きつづけて欲しいものだ。氷の微笑(2004/11/25)マイケル・ダグラス商品詳細を見るBODY/ボディ(2007/03/23)マドンナウィレム・デフォー商品詳細を見る コミュニケーションの取り方がひどく一方的な人がいる。なぜかノンケ友達よりゲイに多い。類は友を呼ぶというから、恐らくわたしにもそういう傾向があるんだろうけどとにかくこういう人とお付き合いするのは疲れる。頭がいい人、会話のネタが豊富な人が多いのはいいことだ。でも問題は話すことばっかりに集中して、人の話を聞く余裕がないこと。もともとが話したがり、しゃべりたがり、知識ひけらかしたがりのわたしが聞き役になるので、正直かなーりストレスがたまる。おまけに恋愛に関することで、押し付けがましく意見でもされた日にはブチ切れそうになること間違いナシだ。コミュニケーションがキャッチボールみたいなものだとすると、彼らの場合散弾銃で狙い撃ち状態。わたしは文字通り蜂の巣になって息絶えてしまうのだ。わたしが話をし出すと、いかにも無関心といった顔で「うん、うん、そーなんだ」と形だけ頷いて「でね、ところでさ」とまたまた自分の話をし出す。あのさ、少しは人に関心持ちましょうよって言いたくなる。よっぽどコミュニケーション能力が低いんだか、単にわたしがつけこまれやすいだけなのか、とにかくこの手のゲイにはウンザリ。でも話を聞いてあげないと可哀想・・・・という気持ちになってしまうのも事実だ。「可哀想」なんて傲慢かもしれないけれど、かつてのわたしがまさにそうだったから余計にそう思ってしまう。コミュニケーション能力の低さと、ゲイであることに因果関係があるかどうかわからない。でも、自分を表現しきれない苦しみとか、目に見えない圧力みたいなもので知らず知らずのうちに萎縮してしまい、その反動で自分を受け入れてくれる人には必死になって自分を売り込んでいるのかもしれない。そんなことを考えると、彼らを「鬱陶しい」の一言で片付けることは出来ないのだ。まあ考えすぎかもね。もちろんわたしだって、そんなに人とのコミュニケイトが得意な方ではない。日々失敗の連続だ。だからこそ、コミュニケーションの奥の深さというものを身にしみて感じている。 |
[ 114] 同居嫁のため息
[引用サイト] http://ameblo.jp/maliqua/
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ファンキーな老夫婦に翻弄される毎日。ストレスで耳が聞こえなくなったり、肌がボロボロになったり…そんな妻のポジション逆転計画遂行までの日々を綴っていきます。ただ今、裏同居嫁日記なmiccabowz(閉鎖済)の過去ログを移植中でございます。更新のお知らせなどが滝のように送られてご迷惑おかけしております。しばらく、この状況が続きますがご了解いただけますようお願い申しあげます。 母がこちらに来てから、もうすぐ1ヶ月。 この金曜日は退院してから2度目の通院でした。 病院って、めちゃめちゃ疲れまする┐( ̄ヘ ̄)┌ねぇ・・でもでも・・ポジティブに行きますYO!おかげさまで母は回復しつつあります。 この調子いけば、2度目の手術を避けられそうです。 母がこちらに来てもうすぐ1ヶ月が過ぎます。失明するかもしれない不安から、ワガママ言ったり、 イライラ八つ当たりしてきたり・・ もぉぉぉ!!って日々だったりしましたが、 滅多にできない親孝行だとガマンガマンの日々でございます(笑) とはいえ、仕事から帰ってみると料理こそ、出来上がってはいないものの。床がピカピカ〜゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚ とか、お風呂洗ってあるぅ\(^_^)/とか嬉しいコトもあったりですんごい久しぶりに家事が楽になってマス。そう、お互いに寄りかかり合ってますデスYO!!最初のうちは慣れなくて、プチいらいらってコトもあったけど、慣れれば、なんてことはなかったりするから親子ってこんなモンなのかしらねぇ。さてさて、昨日、我が家では2回目のお食事に出かけました。1回目も母がスポンサーであったワケですが、その時は「これで払ってね♪」と母が私にお金を渡してくれたのね。姑は見て見ないフリを決め込んでいたワケで、ごちそうさまの一言もなかったのが、前回・・・。そう、親がゴチしちゃう構図は姑にとって最も認めたくない構図だからだ。昨日はMY MOTHER、やってくれましたぁ!!・・と言っても天然なんですけどね。みんながそろそろ食事の手も止まり、姑が「犬に食べさせるさかいに、包んでくれ」とワタクシに指令を出していた時のことである。どうやら、舅が人間ではなく犬になったらしい・・・世の中、何が起こるか分からないもんである。席を立った母が何やら探し物をしている。オーダー表である。それは犬舅の右腕の真横にあった・・・。そう、お店のスタッフの常識は我が家に通じないんデスYO!!母:「あ、あった♪」さっと、犬舅の横からそれを取り上げると、スタスタと母は会計を済ませに階段を降りて行ったのだ。姑:「アンタ・・・お母さんに払わせるんか?バツ悪いやんか!」ワタクシを責めるように問いつめる姑。私:「ええねん、ええねん。」姑:「ワタイ、そんなつもりで着いて来たんとちゃうで。アンタ払い〜や」私:「何を今更言うてるのぉ?この間かて、お母さんが払ったやんか」姑:「や、そんなん知らんで」し、白々しすぎますぅぅぅっ!!ドギーバック片手にそんなセリフ今更吐かれてもリアルに感じられないっ!!そんな会話を続けていると、何も知らない母が席に戻ってきた。姑:「いやぁ、お母さん。悪いわぁ・・ごちそうさんでした」決して、「ここは私が」とは言わない姑。そして酔っぱらっていて何も分からない舅犬であった。 よーくよく考えたら、昨日の土曜日。夫や息子が在宅なOFFの日にお出かけするって結婚してから初めての出来事でございました。一昨日、職場のお仲間が晴れて女の子をご出産っ!いや〜ん(≧▽≦)赤ちゃん!!楽しみぃ〜о(ж>▽<)y ☆・・・ってなワケで、梅田のビックマン前で待ち合わせだぁ!ん?ビックマン??ヽ((◎д◎ ))ゝビックマンとかいきなり言われても・・ビックリマンかなんかの銅像でもあるのかと思いきや・・大型なテレビジョンだっつーからオバチャンったら恥ずかしいやら、情けないやら・・・待ち合わせは17時だぜぃ!そら、もう夕食なんかも帰りに行っちゃうワケで、会社帰りの飲み会デビューなんつーのも昨年デビューしたワタクシ。今年に入ってからはなんとぉっ!!終電駆け込みセーフご帰宅なんかも果たしちゃったりして(ガッチリ夫からお叱りを受けましたσ(^_^;)。)。どんどん野生化いえいえ・・・不良化しておりますデスYO!しかし・・そんな楽しそうなオハナシですが。困ったことがひとつある・・・。いかんせんワタクシ、方向ド音痴なのである。そんなワケで今日はやたらと張り切って、お夕飯も早めに作っちゃう。そら、冷めてもイマイチ、いいんだか悪いんだかワカラナ〜イなモノにせねば。つまり、和食だの定番食だのもダメなワケだ。・・で本日の夕飯はナシゴレンに決定っ!と思いついてみたものの「ありがた〜い」母のお言葉に甘えて初・夕飯作ってもらってお出かけでございましたぁ!キチンと辿り着けるかしらぁ(ドキドキ)とキンチョーしていたハズなのに電車の中で爆睡してしまったワタクシ(;´▽`A``慌てて降りて乗継ぎしたところで気がついた時に・・傘はナシ�堯�( ̄0 ̄;ノ諦めて目的地ビックマンへ到着いたしまして・・(思ったよりスムーズに辿り着いたのは待ち合わせ20分前っ!)傘を求めてちらっと探してみたもののサマンサ・ベガのプリティすぎるフリフリ&ドットなあんぶれ〜らくらいしか見つかんない。しゃ〜ないコレでガマンしとくかとお値段見ると・・1万円弱!!いや、ガマンしてまで買う値段ではない・・つーか、買えないわぁ!駅構内に入ってみたら、売店に安傘売ってるじゃ〜ん(^ε^)♪あぁぁ!なんか、こっちのほうがしっくりくるわよぉ:*:・( ̄∀ ̄)・:*:コレ、分相応ってやつっすか?さて、病院に辿り着き・・今の出産事情に軽くカルチャーショッキンGOO(o^-')bなんつーの?めっちゃ快適空間だわよ。ステキ♪それにしても・・生まれてから34時間しか経っていない新生児よ!!すべてが小さいの!なんて、可愛らしいんでしょう。なんだか、ワタクシまでシアワセ〜なキブンになれちゃいましたぁ♪(※ 写真の掲載は母上の許可を得て掲載しています)さてさて、病院を後に来た道を戻るワタクシたち女4人&男1人・・そして、小さなレディ。外は相変わらずのドシャ降り・・一体、帰りのバスは何分後に通るのかも分からない無計画な一団。「バス何時に来るんだろうねぇ」・・などと暢気に話しながら、後ろを振り返ると・・「バ、バス!来てるぅ!!!走らないとぉぉぉぉ!!!」もうね、全員ダッシュ。雨とか行ってらんないくらいの大ダッシュしちゃったワケ。グリコのキャラメルを食べようが食べまいが三十路をとっくに迎え終わったワタクシたち御一行、エネルギーも使い果たし、なんとか無事にバスに間に合ったものの筋肉痛はもしかしたら月曜日辺りにやってくるかもしれませぬ。−−−−ちなみに・・ワタクシの傘は遺失物として届けられておりましたデスYO! 白内障の手術を受けた母が退院して丁度、1週間。退院後、初めての診察を受けて・・・症状は芳しいものではなかった。元々、身体が丈夫な方ではない母、術後の炎症が思うようにおさまらない。そのせいで長年、カノジョを苦しめている眼圧も下がらないのだ。どうやら、再入院と緑内障の手術を余儀なくされるようである。目の疲れから肩こりに悩まされる母の肩を夕食後にマッサージして思う。随分と小さな肩である・・・この小さな背中にしがみついて「おんぶ、おんぶ」とせがんだ幼き日の自分を思い出さずにはいられない。母が寝室に使っている部屋は老夫婦の寝室と隣接しており、どうやら、ワタクシたち親子の会話は筒抜けらしかった。姑:「アンタ、エラい親孝行してるやないの。エラい差ぁつけられたモンやわぁ・・・アンタがこうして親孝行させてもらえるのも、あの子(ワタクシの夫)のお陰やで。」エラいコトを言ってくれるモンである。いつものワタクシなら、開き直って、ブラックジョークのひとつも投げつけスルリとかわすところではある。しかし・・・日中、ひとりにしている母に実害を被っては元も子もない。姑の思うツボである・・・ワタクシはヘラヘラと言われっぱなしを決め込むのだった。 |
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